アウトプットがなぜ大事かという諸先輩の言葉を自分に言い聞かせる話
尊敬する先輩が言った。
「とにかくアウトプットが大切!!」
先輩は1年目から毎月勉強会でアウトプットを続けたそうだ。
目の前のことをとにかく考える。
そしてトライ&エラーの連続。これもアウトプット。
患者さんにわかりやすく説明。これもアウトプット。
足りないことは本や文献でインプット。
ただし、当然アウトプットありきのインプット。
臨床で、勉強会で、SNSで、とにもかくにもアウトプット。
自分からみると圧倒的な行動量と質。
すごい人はこんな風に過ごして力をつけたらしい。
セネカ「人は教えることによって、もっともよく学ぶ」
という言葉を実践し続けて学び続けている。
真似したがすぐ挫折・・・。
でも少しでもいいところを盗むべく、こうしてPCに向かっている。
さて、なんでアウトプットが学び・成長につながるのかというのはまた次のお話です。
(脳の記憶の定着の話をカッコよくしたいがそれを忘れてしまうのは僕のアウトプット不足)
以下。心に留めたい名言。(適当にググったもの)
池田菊苗
「他人から吸収してばかりいると、自分から積極的に物事を考えなくなる」
これはほんま大事。思わず関西弁になってしまうくらい大事。
2-3年目のとき、ある程度経験積んで、周りより勉強して(したつもりになって)、
有名な先生の考えや手技が身についてくると思考停止して、
「あー、〇〇の症状ね、△△当てはめればいいや。パターン通り!」
なんて感じで目の前の患者さん、事象から考えることが減った。
今でもそう。注意しないとすぐこうなる。
自戒。
「インプットするだけでは、ただの自己満足にすぎません。
いかにアウトプットするかが勝負なのです。」
文献読んでふーんじゃないんです。どんな風に活用するかが大事なんです。
ビジネス本読んで成功法則学んでも、行動しなきゃ成功なんてないんです。
P・Fドラッガー
「専門家にとってはコミュニケーションが問題である。
自らのアウトプットが他の者のインプットにならない限り成果はあがらない。」
我々のアプローチ(=アウトプット)が患者の気づき・体感(=インプット)につながらない限り、動作や行為・行動の変化は生じない。すなわち成果はあがらない。
勉強会での内容(=アウトプット)が参加者の学び・臨床思考の変化(=インプット)
につながらない限り、また来てもらえない。すなわち長期的な成果はあがらない。
「基本的なこととして
成果すなわち仕事からのアウトプットを中心に考えなければならない。
技能や知識など、仕事へのインプットからスタートしてはならない。
それらは道具にすぎない。
いかなる道具を、いつ何のために使うかはアウトプットによって規定される。
作業の組み立て、管理手段の設計、道具の仕様など、
必要な作業を決めるのは成果である」
起立方法のハンドリングを習った。やってみよう。じゃないんだよ。
この患者さんの起立をよくしたい。(なんのために?いつまでに?どのレベルまで?)
→そもそもなんで立てないんだ?
→立つために必要な要素は?
→てか正常(とされる)起立方法は理解してる?
→よくあるパターンは?逸脱している要素は?
→足りないのは上方移動?前方移動?
→筋力?可動域?感覚?バランス?・・?・・?・・?
→どうゆう方針で攻める?
→道具は手すり?(前?横?縦?)台?座面高?
→それともハンドリング?
なんだよ。
手技や技術はあくまでも引き出しの一つだよ。
「知的メタボリック」
情報いれすぎると考えられない、動けない
情報収集にのめり込み過ぎないよう注意。
資料作りはこれに時間とられる。
つまり、
どんなアウトプットをするのか。
まずは今ある情報・知識を出してみる。
どんな情報が足りないのか。正確な情報かどうなのか。
内容・時間を決めてインプットしていくことが大事。
資料を集めてから内容を決めるんじゃない。
話を決めてからそれを正確にしていくのだ。
まず自分の意見(知識ではない)ありきなのだ。